
今年も残り少なくなってきました。2010年は鉄道界でいろいろな出来事、イベントがありました。鉄道業界に限らず、皆さんはどのようなことが印象に残っていますか?どんなことがあったかなあ…と考えているうちに時間はどんどん過ぎてしまいます。
前置きが長くなってしまいましたが、今回ののりものマメ知識は、2010年に開業100周年を迎えた京阪電気鉄道をお送りいたします。
京阪電気鉄道は京都府、大阪府そして滋賀県に路線を有する大手私鉄です。「京阪」や「京阪電車」、「京阪電鉄」という愛称で親しまれています。
2010年現在の路線は
・京阪本線(淀屋橋(よどやばし)駅~三条駅)
・鴨東(おうとう)線(三条駅~出町柳(でまちやなぎ)駅)
・中之島線(中之島駅~天満橋(てんまんばし)駅)
・交野(かたの)線(枚方市(ひらかたし)駅~私市(きさいち)駅)
・宇治線(中書島(ちゅうしょじま)駅~宇治駅)
・鋼索(こうさく)線(八幡市(やわたし)駅~男山山上(おとこやまさんじょう)駅
と
・京津(けいしん)線(御陵(みささぎ)駅~浜大津駅)
・石山坂本(いしやまさかもと)線(石山寺駅~坂本駅)
があります。主に前者をまとめて京阪線、後者をまとめて大津線と呼ぶことが多いようです。また、鋼索線には「男山ケーブル」という愛称がついており、その名前のとおりケーブルカーです。
余談ですが「京阪本線」と「石坂山本線」という名称、一見すると「本線」が2つあるように見えます。しかし実際は読み方が「ほんせん」と「もと・せん」ですのでお間違えないようにご注意ください。
京阪の路線が初めて開業したのは1910年4月のこと。天満橋駅と五条駅(現:清水五条駅)間が開通したことに始まります。今でこそ電車が高速で走り抜けている京阪電鉄ですが、当時は軌道による開業、すなわち路面電車として線路を敷設しました。翌年の1911年には沿線での電力供給事業を開始します。2010年11月26日ののりものマメ知識「社名に見る鉄道の歴史-京福電鉄」でお送りしたように、当時は鉄道事業者が電力事業を兼業することが多くありました。1925年に京阪は滋賀県の琵琶湖周辺への路線拡大を狙い、京津電気鉄道を併合します。そして翌年の1926年には琵琶湖鉄道汽船から鉄道部門を併合し、大阪府、京都府、滋賀県にわたる路線網を築き上げました。
太平洋戦争が始まると、陸上交通事業調整法により阪神急行電鉄(現:阪急電鉄)と合併します。社名も「京阪神急行電鉄」となります。同じ例として関東では京急、小田急などの私鉄が全て東急となり、いわゆる「大東急(だいとうきゅう)」と呼ばれましたが、同じようなことが関西でも起きていたのですね。
さて、戦争が終了し1949年に京阪神急行電鉄から、現在の京阪本線、交野線、宇治線、京津線、石山坂本線の各線が分離・譲渡され、現在の京阪電鉄が発足します。1955年に、戦争のため廃止された鋼索線の営業を再開します。
その後は複々線区間の延長などが行われ、鉄道としての輸送力も増していきました。ところが21世紀を控えた1997年に京津線の一部区間が廃止となってしまいます。これは京都市営地下鉄が開業するため、重複する区間が廃止となったものです。一部と言っても全延長の約1/3が廃線となる、とても大きな出来事でした。路線が短くなって残念な気持ちになってしまいますが、同時に京都市営地下鉄に乗り入れを始めます。そして2008年に中之島線が開業。運河の合間に近代的なビルが建ち並ぶ中之島地区に京阪電鉄は乗り入れを果たします。
ここでちょっとおもしろい京阪の電車の豆知識をご紹介しましょう。
1953年に登場した1800系電車、当時珍しいものを車内に設置していました。それはテレビジョン。いわゆるテレビです。もちろん放送番組を映し出していました。当時テレビは比較的珍しいものであり、テレビを見ながら電車に乗れるという斬新さが話題となりました。これらの電車は「テレビカー」という愛称が付けられ、後に登場した初代3000系電車(現在は改造され8000系電車)にも搭載されました。ところが時代の流れと共にテレビは珍しいものではなくなり、加えてワンセグなど列車内でも手軽にテレビを観ることのできる時代となりました。そして2011年までに、全てのテレビカーからテレビが撤去されることが決定しました。
そして8000系電車、なんとダブルデッカー車(2階建て車両)を連結しているのも大きな特徴です。2階建て車両は、一部の寝台列車や、JR東日本のグリーン車などに連結されていますが、関西では数が少なく非常に貴重な存在なのです(2010年12月現在)。
京阪では2008年に中之島線が開業した際、イメージアップを目的とし全車両のデザインとカラーリングを大幅に変更しました。カラーリング変更が行われたのは実に半世紀ぶりのことで、京阪電鉄の長い歴史においても特筆すべきことです。
これまでの京阪は特急用列車が赤色と黄色のツートンカラー、それ以外は写真左側の電車のような濃淡緑色のツートンカラーでしたが順次右側のデザインに変更されています。写真の緑色系統のカラーリングの他に、赤、青を基調としたものがあります。
緑色系統のカラーリングは、7200系、6000系などの3ドア・ロングシート通勤形列車に使用されており、「シティ・コミューター」という名称が付けられています。
赤色系統のカラーリングは、先ほど登場した8000系に使用されており、「エレガント・サルーン」と呼ばれています。同系は前述のように(無くなってしまいますが)テレビやダブルデッカー車であるだけではなく、2ドア・転換クロスシートとなっており、優雅な旅を満喫できるのに相応しいカラーリングとなっています。
青色系統は「コンフォート・サルーン」と呼ばれ、中之島線開通にあわせて登場した二代目3000系に使用されているカラーリングです。3ドアながら転換クロスシートを装備し、快適な旅と通勤輸送の両方の役目を果たしています。
これまでののりものマメ知識では、鉄道の歴史を振り返ることが多くありました。どの鉄道もいろいろな経緯で誕生し、路線を増やしたり廃線になったり、あるいは新しく生まれ変わったりと、様々な人生(?)を歩んでいました。一筋縄ではいかない歴史を振り返りながら、新しい年を迎えるのもいいかもしれません。
次回は東京都と千葉県を結ぶJR路線をお送りいたします。お楽しみに!