
日本の歴史を感じることのできる古都・京都。今回はその京都を走る京福電気鉄道をお送りいたします。
京福電気鉄道は京都府に路線をもつ鉄道事業者です。現在、2つの鉄道路線とケーブルカー、ロープウェイを所有しています。今回はこのうち鉄道路線についてお送りしたいと思います。
鉄道路線は四条大宮駅と嵐山駅を結ぶ嵐山本線、北野白梅町(きたのはくばいちょう)駅と帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅を結ぶ北野線の2路線があり、京都市内西部の観光地を結んでいます。嵐山線のうち、西大路三条(にしおおじさんじょう)駅と山ノ内(やまのうち)駅間は併用軌道、いわゆる路面電車区間となっており、古都・京都の特徴である碁盤の目道路を駆け抜けています。両路線には嵐電(らんでん)というニックネームがつけられています。もともとは愛称であった嵐電という呼び名が広まり、2007年に公式の愛称として採用されました。

▲ 嵐電の路線図。「嵐電」とつく駅名があります。
ところで京福電鉄の名称、ちょっと気になりませんか?京福の「京」は「京都」を表しています。では「福」は何でしょう?答えは福井県の「福」です。以前、京福電気鉄道は京都の他に遠く離れた福井県に路線を保有していました。…といっても京都府と福井県の両路線を結ぶ計画は存在しませんでした。そういえば2010年11月10日ののりものマメ知識「石炭輸送の歴史がレールに残る-平成筑豊鉄道」でお送りした平成筑豊鉄道も、離れたところに路線がありましたね。京福電鉄の路線が府県を越えて遠く離れた場所に存在したのは、ちゃんと理由があるからなのです。では、京福電鉄の歴史を見てみましょう。
京福電気鉄道の前身は京都電燈(きょうとでんとう)という電力会社でした。1888年に京都電燈会社として設立、後年に京都電燈株式会社と社名を変更し、関西から北陸地方の広範囲にわたり電力を供給していました。電力会社として電力を供給していた京都電燈ですが、1914年に福井県に鉄道を敷設します。電力会社が鉄道を敷設するという、今ではちょっと不思議なことですが、このように電鉄会社が電力事業を兼業する事は当時よく見られました。さらに1918年には既に京都府で開業していた嵐山電車軌道を併合します。これが現在の嵐山線となります。実は先ほどご紹介した愛称「嵐電」は、この嵐山電車軌道の略称が残ったという説があります。
さて、もう一方の北野線は1925年より京都電燈により敷設され、同年に部分開業、翌1926年に全線開業となります。このような経緯のもと、遠く離れた場所に同じ鉄道事業者の路線が敷設されたのです。
電力供給と鉄道路線の事業を行ってきた京都電燈ですが、1941年になると太平洋戦争の戦時統制により、電力部門と鉄道部門が切り離されます。そして翌年、鉄道部門が京福電気鉄道として発足します。それから長らくの間、京都府と福井県に路線を保有していた京福電鉄ですが、2003年に福井県の路線がえちぜん鉄道として生まれ変わりました。現在は京都府にのみ鉄道路線を持つ会社となります。社名の「福」の字が表すものはなくなってしまった…かに思えましたが、福井県では京福電鉄のグループである京福バスや京福タクシーが運行されています。
社名からその歴史をうかがい知ることができる京福電鉄。京都府のみとなった鉄道路線の電車は、今日も歴史の街・京都を駆け抜けています。
次回予告が2つあるのはなぜでしょう?次回は東京と山陰・四国を結ぶ寝台電車をお送りします。お楽しみに!