
かつて全国の主要都市には必ずといっていいほど存在した路面電車。交通事情の変化によりそれらの多くはどんどん姿を消してゆきました。今回は愛知県東部に今も残る路面電車のお話をお届けします。
今回ご紹介する豊橋鉄道は、愛知県豊橋市にある名古屋鉄道(名鉄)の子会社です。新豊橋駅から三河田原(みかわたはら)駅を結ぶ鉄道線の「渥美(あつみ)線」と、駅前電停から赤岩口(あかいわぐち)電停、運動公園前電停を結ぶ軌道線(路面電車線)の「東田(あずまだ)本線」の2種類の路線を保有しています。今回スポットを当てるのは、路面電車が走る「東田本線」です。

▲ 豊橋鉄道の路線図。今回は右側の軌道線(路面電車)のご紹介。
「東田本線」という路線名、ちょっと気になりますね。「本線」と言うからにはどこかに支線があっても良さそうな気がしますが、現在の豊橋鉄道軌道線は東田本線だけです。実は以前は「柳生橋(やぎゅうばし)支線」という支線が存在しており、同支線が廃線となった今でも名称がそのまま使用されているため「本線」という名称がついているのです。
軌道線の開業は1925年7月。東田本線と柳生橋支線が開通しました。開通後も順次路線を延ばし、同年の12月に本線の駅前電停から東田電停間が開業しました。1945年6月には米軍による空襲により一度は不通となるものの、翌7月に部分的に復旧し、9月には全線が復旧しています。その後、電停の増設や複線化などが行われ、1960年に本線は現在の終点である赤岩口電停まで開通しました。ところが1976年に柳生橋支線が利用客の低迷により全線廃止となってしまいます。このとき「支線のない本線」が誕生します。
1982年に井原(いはら)電停から運動公園前電停までが開業します。以後は路線の変更はなく現在に至ります。なお、この区間は独立した路線ではなく「東田本線」の一部です。
さてそんな経緯のあった東田本線ですが、現在は写真のような最新型の路面電車が運行されています。この路面電車T1000形は2008年に登場した電車で、なんと言ってもその特徴は低床(ていしょう)車であることです。乗り降り口と電停との高さがほぼ一致しているため、お年寄りや身体の不自由な方でも楽に乗り降りできます。また、連接車体となっているため1両でより多くのお客様を運ぶことができます。同じ区間を走行する「1形電車」の定員は40名ですが、T1000形は74名と約2倍近くのお客様を運ぶことができます。
このT1000形は「ほっトラム」という愛称がついており利用者に親しまれています。豊橋を含む東三河近辺を表す「穂の国」と「ほっ」と和むイメージに、「路面電車」を意味する「トラム(tram)」を掛け合わせたかばん語です。
なお、井原電停と運動公園前電停の間には日本の鉄道において最も急なカーブが存在します。カーブの度合いはR(半径)で表すのが一般的で、同区間のRは11m。ほっトラムは連接車体のため車体が長く、このカーブを曲がりきることができません。したがって運動公園前電停には行くことができないのです。運動公園前電停でいつまで待っていてもほっトラムは現れませんので、ご注意ください。

▲ 井原電停のカーブ。確かに急カーブですね。
※ヴァル研究所のりものマメ知識作成メンバー撮影

次回は関東地方の高速鉄道のご紹介。お楽しみに!