
今週の金曜日…3月20日には、大阪市内で西九条と近鉄難波を結ぶ阪神なんば線が開通します。実は阪神では、昭和34年2月に千鳥橋~難波の鉄道事業免許を受けてますので、同線は半世紀ぶりに実現した悲願です。
時間がかかってもこのように実現すればよいのですが、全国には開通を諦めてしまった予定線も多くあります。日本の鉄道は、大正時代には多くの主要幹線が完成し、地域開発のためのローカル線に関心が集まってきました。1922年には、これまであった幹線を建設するための鉄道敷設法が廃止され、代わって全国に鉄道網を築く事を目的とする新たな鉄道敷設法が施行されます。これにより、全国各地で国によるローカル線建設が進められることになりました。戦後は、次第に国鉄の余力が乏しくなり、ローカル線建設が進まなくなったため、政府は1964年に新線建設のための日本鉄道建設公団を設立しました。このためローカル線の赤字が問題となる中で、新たなローカル線が建設されるという状況が生まれました。このようなやり方に批判がある一方、鉄道のない地域では新線への期待は大きく、新線の開通が待たれました。
さすがに国鉄末期になると、開業後の需要を既存線の廃止条件に当てはめて建設続行の可否が判断されることになり、廃止基準を下回る需要しか見込めない新線は、地元で運行会社を設立された区間以外の建設を中止する事になりました。さらに国鉄の民営化と共に鉄道敷設法は廃止され、法的にも国はローカル線を建設する根拠が無くなってしまいました。
このように計画されながら完成していない路線を、レールファンの間では「未成線」と呼びます。廃線跡の探索は鉄道趣味の分野として認知されてきましたが、未成線の探索という分野も最近では同好の士が増えてきました。特に着工の後に中止が決まった未成線は、廃線のように痕跡が明確に残っていることが多く探索に向いています。
このように着工しながら開業を諦めた路線の一つが、この写真の岩日北線です。同線は国鉄岩日線の延伸部分で、錦町から山口線日原までを結ぶ予定でした。しかし、岩日線が国鉄再建法による廃止対象となり第3セクター錦川鉄道となるような状況だったことから、延伸は断念され工事は中止となりました。岩日北線は、錦町から県境を越えた島根県六日町までを部分開業する予定だったらしく、この区間では写真のようにかなり工事が進んでいる場所が多く見られます。
日本鉄道建設公団が建設工事を担当した未成線は、比較的大規模な構造物が残っていることが多く、未成線探訪に不慣れな人でもわかりやすいです。ただ、すでに構造物を撤去した場所もありますので、興味がある人は早めに見学されたほうがよいでしょう。