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「さくら」と言えば・・

晩年の「はやぶさ」と連結して山陽本線を走る「さくら」すっかり春ですね。春といえば「桜」を連想する人は多いと思いますが、「桜」と言われたら皆さんは何を連想されますか? ほとんどの人は「春」とか「入学式」、宴会好きの人なら「花見」かもしれませんね。「桜花賞を忘れちゃいけない」っていうお馬さん好きな人もいらっしゃるかも・・

勝手に頭の中で「さくら」ってひらがなに変換してしまった人は、鉄道旅行好きの人やレールファンかもしれません。「さくら」は戦前に登場した由緒ある列車名(実は戦前は漢字の「櫻」でした)で登場当時は東京・下関間の特急、戦後は一時期、東京・大阪間の臨時特急に使われた後、1959年から長い間、東京・長崎間の寝台特急に使われていました。過去形なのは、2005年3月1日のダイヤ改正で残念ながら廃止されてしまったからです。写真は、晩年の「はやぶさ」と連結して山陽本線を走る「さくら」です。

晩年こそ寂しい状況だった「さくら」の乗客数ですが、運転開始から山陽新幹線が全通した1975年ごろまでは大人気で、その後もしばらくは根強い人気がありました。70年代後半に少年レールファンを中心に発生したブルートレイン(寝台特急)ブームの頃にあこがれた人もいらっしゃるかもしれませんね。

実は、筆者が1973年9月に初めて乗ったブルートレインは「さくら」でした。レールファンだから乗ったわけではなく、父の転勤に伴い、名古屋から下関に引越しするためでした。この年の夏、筆者は名古屋から九州旅行に行ったのですが「さくら」は乗車候補の一つでした。しかし、「さくら」などのブルートレインの寝台券はまったく取れなかったのです。この当時の国鉄指定券は1週間前の発売で、お盆の時期を外したにも関わらず「みどりの窓口」は早朝から長蛇の列。地下鉄の始発で行っても、人気のブルートレインは論外で、ようやく取れたのは往復とも臨時急行の寝台でした。思わぬ父の転勤でリベンジを果たすことができたわけですが、別にリベンジのために「さくら」を選んだわけではなく、夏の状況からわかるように、まだまだこの当時は飛行機よりも夜行列車の方が一般的だったんですね。

2005年に「さくら」が廃止された後の東京から九州へのブルートレインは、熊本行き「はやぶさ」と大分行き「富士」の2本が、門司までは連結しての運転ですから実質1往復。風前の灯のような状況です。ブルートレインが懐かしい人も未体験の人も、今のうちに体験をしておいたほうが良いかもしれませんよ。

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